RESEARCH

研究テーマを知る

はじめに

まず、我々が研究する『抗体』について少しお話しします。

抗体は、我々高等動物の体液(主に血液中)に存在し、外部から体内に侵入した異物(抗原)に特異的に結合するタンパク質です。

抗体の抗原を「見分ける力」は、生体分子の中でも群を抜いて高く、そして、抗原に対する親和力(結合する力)も極めて強いことから、抗体は医薬、体外検査薬、そして分離剤として用いられています。

抗体の抗原に対する結合は「鍵と鍵穴の関係」と揶揄されるくらい特別なものです。そして、動物の体内には数千万種類~数億、もしくは、それ以上の抗体が潜在的に存在すると言われており、これらの優れた機能と多様性によって我々の体は健康に保たれています。

つまり、外からいつ侵入してくるかもしれない未知の外敵に対して、我々の体内ではたくさんの抗体が24時間365日、監視の目を光らせていて、ウィルスやカビ毒などの異物が入ってくるやいないや、それらに「特異的に」結合する抗体のみが反応して白血球に異物の場所を知らせるのです。そして、白血球達は抗体を目印に集まってきて、異物である抗原を迅速に分解するとともに体外に排出します。

したがって、我々の生命を脅かす目に見えない外敵がワンサカのさばっているこの地球上において、我々が健康に生活できるのはひとえに抗体のおかげと言っても過言ではありません。(気持ち悪いと思われるかもしれませんが、私自身は日々、抗体様に感謝しながら生活しています。)

この類まれなる、そして、惚れ惚れするような(そう感じるのは私だけ?)抗体達は、何も我々の体内でのみ活躍しているのではありません。抗体は、インフルエンザや新型コロナウィルス感染症などの検査薬として、ガンやリウマチ、アルツハイマーなど重篤疾病の治療薬として、そして、様々なバイオ医薬品を工業生産するために必要な分離剤として利用され、また、更なる発展を期待して世界中の研究者が様々な研究を続ています。(私もそんな抗体工学の研究者の一人です。)

そんな縁の下の力持ち、抗体の抗原を見分ける力を引き出し、育て、最大化して社会に還元する研究を我々のグループは積極的に行っています。

研究が社会にもたらす影響

我々の研究成果が社会にどのように役に立つのかと言うと病気を今よりも少し早くに見つけることができるようになったり、病院での待ち時間がちょっと短くなったり、もしくは、病院で支払うお金がちょっとだけ安くなったりと様々です。

「地味~!!」と思われた方も多いかもしれませんが、我々以外にもたくさんの研究者が世界中で行っているので、地球規模で考えれば、もしくは、10~20年で考えれば、このような日々の積み重ねによって社会は劇的に良くなっていることが想像できます。

そして、我々がほとんど感じることのできない「ちょっとした変化」によって地球規模で見れば何万人もの命が救われるているのです。そんな小さな成果を積み重ねることに喜びと誇りを持ちつつ、我々は研究活動を毎日楽しみながら行っています。

研究内容を一部ご紹介します

それでは、検査薬開発を例に上げて、抗体の機能とそれを我々がどのように見つけ、引き出し、改良しているのかを簡単に説明していきます。少し専門的な表現も含まれるため、専門外の方にはちょっとだけ難しいかもしれません。

分からない所を聞いてみたい方や、もっと詳しく聞いてみたい方はどなたでもお気軽にお問合せフォームからお問合せください。また、検査薬以外の研究テーマについてどのような取り組みをしているのか知りたい方も大歓迎です。

そして最新の研究成果や取り組みは、我々の研究データベースLablogsに随時登録されておりますのでそちらをチェックしていただければ幸いです。(Lablog1~3へのアクセスにはユーザー登録が必要になります。未登録の方はLablog4およびLablog5のみ閲覧いただけます。)

検査薬における抗体の働き

抗体の働きでわかりやすい身近な例は、新型コロナウイルス感染症の抗原検査キットです。

検査キットの材料基板には、ウイルスの抗原をキャッチする(一般的にはY字形の)抗体が並べられています。この基盤に唾液などを垂らし、抗体が抗原をキャッチすれば陽性、しなければ陰性、と判定されるしくみです。

つまり、抗体そのものの品質が低い場合、抗原をキャッチしそこねるため、検査精度が低くなってしまいます。

検査薬の未来を変える、革新的な技術

現在の検査薬に使われている抗体は、主に実験動物から製造されているため、分子構造や物性を改変することが困難であり、『開発コストが高いのに検査精度が低い』ことが課題となっています。(動物を使うという倫理的な問題も抱えています)

そこで我々は、検査精度の大幅向上と、実験動物を使わず低コストかつ大量生産を可能にする、まったく新しい抗体の開発・研究を行なっています。

どれほどの性能差があるかは、下図をご覧ください。黒線が実験動物から作られた従来の抗体(完全長抗体)、青線が我々が研究開発を行っている抗体(単鎖抗体)を利用した結果になります。

縦軸が検査精度で、従来の抗体から10倍以上のパフォーマンスの開きが出ていることがわかります。これは、意図的に検査精度が上がるよう、私たちが利用用途に合わせて抗体を分子改変しているからです。

検査薬開発プロセス

我々が実施している検査薬開発のプロセスを一部紹介いたします。

発掘:検査に最適な抗体を単離する

まずはターゲットとなる抗原に結合する優れた抗体を選出し、下準備を行います。

1. 1億種類の抗体ライブラリーから100種類の抗体候補の抽出。
2. その100種類の抗体をあらゆる視点から分析し、1つに絞る。

というステップなのですが、ここはまるで宝の発掘。この過程で思いもよらない発見や可能性と出会うことができます。

改良:単離した抗体を分子改変しパフォーマンスを向上させる

step1で選出した抗体は、抗原と結合する機能が突出して優れていますが、マイナス面が存在していることも多く、そのまま検査薬として使えるケースはほとんどありません。(大量生産が困難、保存が難しい、など)

ここからが我々の研究している新しい抗体です。抗体が有する「抗原結合能力」はそのままに、上記の欠点を克服できるように分子改変を行います。

【技術1:理想の抗体を作るフレームスイッチングテクノロジー】

私たちは抗体を、抗原と結合する結合部(上部分・CDR)と下のフレーム(土台部分・FR)の2つに分けて考えます。この結合部(上部分)とフレーム(土台部分)を分子改変しながら理想の抗体作りを行います。

たとえばstep1で発見した単鎖抗体が、抗原との結合力は強いが、大量生産ができない性質を持っていた場合、結合力はそのままに、土台のフレーム(FR)を改変し、大量生産可能な性質に変えることが可能になります。

逆に、結合部を入れ替えれば結合する抗原を変えることができ、別の検査薬へと変えることすら可能になります。

固定:固定化力を強化し、分子配向を制御する

検査薬キットの例のように、検査薬の抗体はすべて材料基板に固定化されて使われます。つまり、「抗体を材料基板上にどれだけ高密度かつ高活性に固定化できるか」が検査感度の鍵を握っています。

現在の検査薬の主流である動物由来の抗体はY字形をしており、赤丸で囲われた箇所が検査に使う抗原と結合する部分です。2つの結合部を1本の足で支えているような状態です。

この従来のY字形の抗体は、基板上に直立した状態を維持するには非常に不安定であり、むしろ横に倒れやすい構造で理想の分子配向で並んでいることは稀です。さらに抗原との結合に必要な部分以外が多く、密に抗体を敷き詰められません。これらが検査精度低下の原因になっています。

しかし動物由来のY字形の抗体では、これ以上抗体を分子改変することができないため、これ以上打つ手がないというのが現状です。

【技術2:材料親和性ペプチドタグを使って、基板と抗体を繋ぎ止める】

私が研究開発している単鎖抗体は動物由来のY字形の抗体と比較して分子サイズが非常に小さく、材料表面に高密度に固定化できます。さらに、材料親和性ペプチドタグという接着領域によって、基盤材料表面と抗体そのものを物理的に繋ぎ止めることができます。

この技術はとてもユニークで、多くの可能性を秘めています。

「抗体の改良」というよりは、「世の中には無い新しいタンパク質を創生する研究」であると言え、抗体や検査薬開発の域を超えた研究と言えるでしょう。「抗体」も「材料親和性ペプチドタグ」も、もともと自然界に存在する配列なのですが、「抗体」と「ペプチドタグ」を連結した「ペプチドタグ融合抗体」は、自然界に存在していない「新しいタンパク質」となります。また、材料基板の種類・形状に応じて、それに適したベストな材料親和性ペプチドタグの開発が可能です。

抗体の固定化を完全なものにするためには、新しいタンパク質をデザインし、創生するというタンパク質工学へのおおいなるチャレンジも必要になってきます。

資料

研究概要
材料親和性ペプチド
低分子抗体の生産
低分子抗体の分子設計と配向固定

産学連携

バイオアフィニティ分野に革命を起こしたい方や、要素技術を使ってみたい方、技術を詳しく知りたい方など、共同研究、学術指導、アドバイザー契約など幅広い連携が可能です。お気軽にお問合せください。

研究の先に見据えているのは、「誰もが活用できる抗体技術のプラットフォーム化」です。このプラットフォーム技術にアクセスすれば、誰でも検査薬やアフィニティ分離剤に適した抗体の設計・改良・製造方法が分かり、誰でも高機能なアフィニティ分子ならびにアフィニティ担体を作ることができることを目指しています。それは、料理レシピが網羅された本やサイトなどのプラットフォームのようなイメージかもしれません。

レシピがあれば誰でも料理が作れるように、使用する食材や器具について深い知識がなくても、そこに書かれている分量や手順をしっかりと守ることで、抗体の技術に詳しくない研究者であっても、そのプラットフォームにあるメソッドや技術を活用することで、理想の検査薬をオーダーメードで作製できるようになることを目指しています。

また、生物化学工学や抗体工学という分野の垣根を超えて、様々なテクノロジーがこのプラットフォームに集まってくることを望んでいます。私の研究の最終地点は「理想の抗体を作る」ことではなく、その先にある「理想のアフィニティ担体を作る」点にあるからです。理想のアフィニティ担体を作るということを目的とした場合、取り組むべき課題は、抗体だけではありません。材料科学や、ナノテクノロジー、データサイエンスなど、あらゆる分野の研究が深く関わっているからです。

そして、このプラットフォームは、私たちがいない次の時代になっても残り続け、別の研究者が新しいメソッドを追加しながらより発展していくことを願っています。少し、大きな話に聞こえるかもしれませんが、私が今抗体の研究をしているのは、このプラットフォームを実現するためだと確信しています。

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